「昭和元禄落語心中」を見ての感想

私は「昭和元禄落語心中」を毎週観ています。 今回は第5回でしたが、助六が破門になり、みよ吉とどこかへ行ってしまいました。

また、師匠の奥さんが亡くなり、7年後には師匠が亡くなってしまいます。 今回は次々と菊比古の元から大切な人たちがいなくなってしまいました。

菊比古は売れっ子の落語家となり、メディアにも登場するようになりました。 しかし、師匠がいなくなってしまい、やはり助六のを呼び戻したい気持ちが強くなったようです。

助六とみよ吉はみよ吉の故郷に住んでいましたが、その生活はかなり荒れているように見えました。 二人の間に生まれた小夏が小さいながらも稼いでいるような状態です。

みよ吉は何にとも家を空けているし、助六は仕事もしないで家にいる状態です。 おそらく相変わらず、酒浸りの生活なのかもしれません。

みよ吉は菊比古に振られ、助六は師匠からは門を言い渡されてしまいました。 夢を失った二人が、みよ吉の故郷でのんびりと生活しようと言っていましたが、実際は全く違う状況になっていました。

私は別のドラマで「人は夢や目標がないと生きる気力を失ってしまう」と言っていたことを思い出してしまいました。 助六はお祖父さんが果たせなかった夢を自分で果たしたいと思っていました。

もし、助六が本当に落語を好きだったのであれば、他の方法で落語をやっていっても良かったのではなかったかと思います。 八雲の名を名乗ることができなかったとしても、落語を続けることができる道を選ぶという方法もあったと思います。

もしかしたら助六にとっては落語よりも、八雲という名を名乗ることの方が大事だったのかもしれません。 師匠が生前に言っていた「八雲はいわくつきの名前」という意味は、師匠が自らそういう名前にしてしまったのだと思いました。

何ともやりきれない気持ちがありますが、この続きは次回の楽しみとして待つことにします。

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